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just be and love myself

映画“スラムダンク”からみる努力 ※ネタバレなし

皆様 こんにちは

どのようにお過ごしでしょうか

年が明け早くも3月に入り、一年の4分の1が過ぎようとしています

そう考えると、本当に一年という月日は、365日という月日は

短いものだと実感します

と同時に、そう思うたびに計画的に行動しなければ、と思います。

皆さんも是非、一日の計画を立て実行してみてはいかがでしょうか

きっと、充実した一日になることと思います

 

さて、私の2023年一発目の映画は、スラムダンクでした

映画『THE FIRST SLAM DUNK』

 

私は原作を読んだことがなかったのですが、全く問題ありませんでした。

バスケットボールのルール等わからずとも大丈夫な作品でしたので、

ぜひ観ていただきたい作品です。

今回は私にしては珍しく、目立ったネタバレなしの記事ですので、

ぜひご興味のある方はご一読いただけると嬉しい限りです。

 

 

とにかく、かっこいいに尽きます。

正直、なめてました。

私自身、スポーツ少女でバレーボールを10年続け、

バスケットボールも小学生時代に6年間プレーしていた身として

スポーツをアニメーションで表現することは無理だろうと思っていました

実際に鑑賞しての感想は、最高の一言です

臨場感が、まるで実写のようでした。

自分もコートに入って一緒にプレーしているかのようでした。

信じられないとは思いますが、本当にそんな錯覚に陥ります。

一緒に観た友人はバスケ未経験でしたが、鑑賞後に、

もう私バスケできる!と意気揚々に語っていました

なんとなく意味はわかります

そのくらい臨場感溢れる最高な映画でした

 

スラムダンクなのでもちろんバスケの話ではありますが、

今回の映画では桜木花道ではなく宮城リョータにフォーカスを当てた

作品となっています。

観た人全員リョータに恋して帰ったのでは...と思うほど

大変魅力的なキャラクターでした。

バスケの試合が進みながらリョータの回想が展開されていくスタイルで、

バスケの熱さにリョータの家族愛

てんこ盛りの内容で、2時間が秒で過ぎていきました。

 

私がスラムダンクを鑑賞して思ったことは、

やっぱり目標に向かって物事に取り組む人は輝いているということです。

この映画に出てくる全キャラクターがかっこよかったです。

ひとりひとりそれぞれにバックグラウンドがあり、

境遇も何もかも違いますが、

バスケに関してはみんなが共通の目標を持っていて

全員がそこにがむしゃらに向かっていく

その姿は、鳥肌が立つほどかっこよかったです

 

私は最近、「努力」という言葉についてよく考えます

私は、努力がわかりません

努力の仕方がわからないのが、最近の悩みです

スラムダンクを観て、努力をするにはまず目標が必要不可欠であること、

そしてさらに「よく考える」ことが大事だという結論にたどり着きました。

努力のプロセスはわかっているつもりなのですが、

そのプロセスの立て方に問題があるのだと思います。

スラムダンクに出てくるキャラクターたちは、練習以外にも

各々で走り込みに取り組んでいる様子が描かれていました。

練習では、実際に試合で相手がいるということをしっかりイメージして

取り組んでいる様子が見て取れました。

一概に努力と言っても、取り組むべきことは尽きないし、

努力をするためにも熟考することが必要なのではと考えます。

正しい努力をしなければ、それは当然ながら報われません。

天才はきっと、なんとなしに正しい努力の仕方がわかるのだと思います。

私はもちろん天才ではないので、「努力すること」をまず考えて

そしてその次に、その「努力すること」が自分の目標に合っている

努力なのか考えるというプロセスが大事になってきます。

また、そのためには前述した通り、「目標」が必要不可欠です。

ゴールは明確であればあるほど、努力の仕方も明瞭になっていきます。

ゴールが遠いのなら、そのゴールの前にミニゴールをいくつか設けて、

点をつないでいくように目標を達成していければ、おのずとゴールへの

道が切り開かれていきますよね。

これが、私なりの「正しい努力」の仕方です。

これを、いかなる場面でもこのプロセスに置き換えて考えることが

できれば、きっと全てうまくいくのではないでしょうか。

(恋愛だけは、相手の気持ちが必要なので例外ですね)

 

そうして何かの目標にひたむきに取り組んでいる様子は、

どんな界隈にしろ本当に輝くものです。

また、そうした努力は表には出さなくとも、

その人の表情や雰囲気、いわゆるオーラに出てくると信じています。

スラムダンクのキャラクターたちを始め、

少年漫画の主人公たちがいい例ではないでしょうか。

努力をする、と口に出すのは簡単ですが、それを実行し

さらに継続することは至難の業であると考えます。

だからこそ、それができる人たちは輝き、最後には

目標を成し遂げることができるのだと思います。

ただ努力を続けるには、絶対に成し遂げたいという気持ち、

いわゆるモチベーションが必要です。

それがなければ、極論ですが努力を続けるなんて無理です。

どこかで見切りをつけて、ギブアップするのがオチです。

それが悪いわけではありません。

そうなればまた、違う道がこの世にはたくさんありますから。

ありがたいことに、この21世紀を生きる私たちには大変多くの

選択肢が用意されています。

でも、そんなに多くの選択肢があるにも関わらず、

「この道だ」と思えることに出会えたのなら、

そんな幸せなことはありませんし、

そこには努力する価値があります。

私ごとではありますが、最近になって

本気で取り組んでみたいと思うことを見つけました。

ただ、あまりにもそれが未知の世界すぎて、正直なところ

こんな私にできるんだろうか、と思うことがあります。

(周りの友人たちや家族には言えないので、ここだけの話です)

ですが、ここが私の人生の正念場だと思っています。

ここで、私は恐れずに自分を信じて突き進むしかないと思っています。

そうすることで、私の人生でも少年漫画の主人公のような、

下剋上物語が完成する気がしています。

スラムダンクを観て、私も熱く生きたいと改めて思いました。

あれだけ何かに向かって熱く、仲間とライバルと切磋琢磨していける

経験は、人生の中でも多くはありません。

私はありがたいことに、大人になってから

もう一度その経験の機会をいただきました。

今度はよく考えながら、目標に向かって突き進もうと思います。

いつでも私に生きるヒントをくれる漫画や映画の作品に、

本当に感謝だなと思う日々です。

こんなにも心が揺さぶられるスポーツアニメの劇場版は、

この作品が初めてでした。

人生・家族について深く考えさせられる素晴らしい作品です。

今度は“家族愛”視点でスラムダンク語りたいです...

 

3月といえど、朝晩の冷え込みが続いております。

花粉症の季節にもなりました。

どうか皆様、体調にはお気をつけて、

素晴らしい、暖かい春を迎えられることを祈っております。

今回も最後までお付き合いいただき感謝いたします。

またすぐ更新できるよう頑張ります。

 

それではまた、次の記事で

 

nesumerb

 

 

 

 

 

映画“ラーゲリより愛を込めて”からみる人生 ※配慮なしネタバレ&独自解釈

こんにちは

そして、新年あけましておめでとうございます。

大変久方ぶりの更新になりました

nesumerbと申します

前回更新したのが、ようやく秋の始まりを感じ始めた頃だったのですが

もう年が明けてしまいました...

今年の冬は例年よりも冷えるそうですので

皆様体調管理にお気遣いください

 

2022 年末、「ラーゲリより愛を込めて」を鑑賞しました

映画『ラーゲリより愛を込めて』公式サイト

 

あまりにも心を打つ映画でした

絶対にレビューを残したいと思い、こちらに

戻ってきた次第です

正直、2022年観た映画の中で1番

観てよかったと心から思えた作品でした

実際に起こった出来事である事、そして今も世界では

戦争が起きているという事実がこの映画の残酷さを

より引き立たせていると思います

この映画から何を感じるか、そしてそれが観る人に

どのような影響を与えるか、それは人それぞれですが、

私はこの映画に、人生を変えろと言われた気がします

 

ここからはネタバレ混じりでお話ししていくので

これから観ようと考えていらっしゃる方、ネタバレが嫌な方、

ぜひご観賞後にこちらで感想を共有していただければと思います

 

私は決して、日本語がとても上手というわけでもなければ

歴史にとても詳しいというわけでもないので

この映画の歴史的背景を汲み取りそこから思うことを述べる

なんて高レベルなことはできません

できませんというより私が歴史を語るのは大変おこがましい気がして

ならないので、純粋に私が観て感じたことを

拙い日本語で述べていこうと思います

 

ヤマモトさんのような人間はまず、存在しないと思います

あのような存在こそ、神の領域の方だと思います

自分を売った将校を許し、見えない未来の中で希望を信じ

その明るいエネルギーを周りに伝染させていく力

自分の犠牲を厭わず、人のために行動できる力

愛に溢れた方なんだという風に思いました

神のいう、無償の愛です

 

この映画では、「生きろ」というメッセージ性の強い場面が多くありました

希望も未来もないように思えても、生きることでしか

そこに希望の有無は見出せないのだと改めて思いました

ただそのような絶望的状況は、絶対に一人では乗り越えられないとも思います

拘束されていた兵士の方達は、ヤマモトさんの存在そのものに

希望を見出していたように思えるからです

人は強いのか弱いのか

わかりませんが思うことは、自分に足りない部分を持っている他人がいて

他人に足りない部分を持っている自分がいて、

人はそこをお互い補いながら支え合う生き物かもしれないということです

人という字は人と人が支えあってできている、というのも

あながち間違いではないのかもしれません

(本来は、人が立っている様子を横から見た漢字らしいです)

つまり人は、独りだと弱いのかもしれません

 

私がこの映画を鑑賞して思ったことは

人生を全うしよう

でした

与えられた命で私は何ができるのか

自分の人生で何を残していくのか

こういう類のことは、先人に聞くのが一番です

先人を知ることが一番です

実は私は、戦争界隈の映画やお話は、未来を生きている私たちにとって

悪影響を及ぼす可能性があると考えます

それは、憎しみを残してしまうということです

過去に起こった出来事で、今でもその国や人を恨み続ける。

過去の対立の事実が今になっても根付いたまま、

今でも国間の差別の言葉が存在している国もあります。

その恨みには意味がないと思います

そういうことがあった、だから今も恨みましょう

ということで歴史は学ぶものではなく

そういう事実があった、そこから私たちは何を学び

何にどう生かしていくのか

という意味で歴史は学ぶはずです

戦争があり、そのまま理不尽に拘束された日本兵がいた。

希望や未来の見えない中でも彼らはそれらを見出し、精一杯生きた。

という過去の事実を伝えてくれたこの映画から私は、

戦争への恨みやロシアへの怒りではなく

私の人生を精一杯謳歌して全うしようと思った次第です

戦争下で立派に生きた人たちがいたのなら、

私はその方達に胸を張れる生き方をしていたいです

私個人の意見ですが、戦争は何も生みません

そこから生まれるのは悲しみと憎しみと、その事実だけです

私たちはその事実を受け止め、学んでいかなければならないと思います

大きな戦争があったという過去の事実は、

全世界のほとんどの人間が知っているはずなのに

それでも21世紀で戦争が起こっています

一市民が何を思おうが国を変えたり国勢を変えたりするのは

はっきり言って無理ですよね

ましてや私が世界の戦争紛争を止めようなんて

全く現実味のない次元の話です

だから私たちができることは、その事実を美化してでも

何かに生かしていくことだと思います

そうすることが、先人たちへの尊敬の意だと思います

 

最後、ヤマモトさんの奥さまの「おかえり」という言葉に

今までの想いが全て詰まっているようで、今思い出しても

涙が出ます

家族や友人、恋人、想い想われる存在がいることに感謝して

日常を私らしく全うしようと思いました

 

本当に涙なしでは見ることのできない映画です

そして、考えるほど思うことの多い映画です

ぜひ上映中に映画館で観ていただきたい一本です

 

最後になりますが、

皆さま明けましておめでとうございます

2023年は私にとって挑戦の連続の年になります

こうしてブログに自分の思いを綴りに来る機会が、

ただでさえ少ない今よりももっと減ってしまうかもしれませんが

通りすがりにでも読んでくださった皆様に感謝して

また思いの丈を綴りにきます

卯年ということで、皆様にとって

飛躍の一年となることを祈っております

お身体に気をつけて、皆さま良いお年を

 

それではまた、次の記事で

 

nesumerb

 

 

 

 

 

 

(コラム)なんか私、人と違う...実はHSS型HSPだった件

皆さん こんにちは こんばんは おはようございます

最近は程よく良いテンポでブログ更新できているのでは、

と自分を褒めようと試みるnesumerbです

朝晩、ようやく秋の気配をひしひしと感じてきましたね

この、夏と秋の間の風の匂いと、今の時期限定の空の色が大好きです

皆様もたまにはスマホから顔を上げて

空の色や風から季節を感じてみるのも素敵ですね

 

今回はコラムと称しまして、記事を書いてみようと思います

タイトルからわかる通りなのですが、わたくしnesumerb

HSS型HSP(以下HSS)でした

複数のネット診断とHSSの特徴をもとにした結果ですが、

高確率でそうだということがわかりました

 

Q, HSPとは?、HSS型HSPとは?、HSPと何が違う?

HSPについて詳しく説明されているので引用しました

心が疲れやすくて生きづらい…それは「HSP」かもしれません | 睡眠・休息・メンタルケア | サワイ健康推進課

↓HSS型HSPについて詳しく説明されているので引用しました

矛盾だらけの「HSS型HSP」。刺激を求めるのに疲れやすくて傷つきやすい人が “ラク” になるコツ - STUDY HACKER(スタディーハッカー)|社会人の勉強法&英語学習

https://kenko.sawai.co.jp › 睡眠・休息・メンタルケア

 

まず、私がこの診断をするにあたった理由から述べますと

1 嫌なことへの耐性が人一倍弱いと感じていた

2 イライラするポイントが違う・イライラの沸点が低い

3 周りの人が平気なことが平気ではない

4 「上下関係」への異常な嫌悪感

5 本音をぶつけられない・ぶつけると涙が止まらない

6 相手の何気ない言葉にイラつく・傷つく(特に「否定」に傷つく)

...等、周りの人との感情のギャップを感じることが多く、

誰も理解してくれる人がいない、世界に自分はひとりきりだ、

と感じることが、もう、ずっと前からたくさんあったからです

こんな自分はダメなんだ、と

みんなよりも弱いダメな人間なんだ、と

そう思ってきました

なんでみんなにはこんなことは起きないのに私には起きるんだろう、

と思うようなことも今でもたくさんあります

 

そのような中で、「自分と似たような人は本当にいないのか」と

調べてみると、HSPという言葉が目にとまりました

ただ、私は完全に内向的な人間ではありません

人と会うことは大好きですし、初めての人と会うことに対しても、

そこまで嫌悪を感じる方ではありません

そこだけが違ったので、HSPでもないのか...やっぱり私は本当に

変わっているだけの人間なのかな、と落ち込みかけていた時に、

HSS型HSPというものがあるということを知りました

「社交的で刺激を求めるのに傷つきやすい」という言葉が

本当に私にぴったりでした

 

私は周りから見ると、

「とてつもなく元気でポジティブで明るいおバカキャラ

に見えるようです

いわゆる、いじられキャラです

「悩みあったことありますか?」と聞かれたことが

あるぐらいなのですが、さすがにこの質問をされた時には

開いた口が塞がりませんでした

私はほぼ毎日、何かに向き合って悩んだり、

その悩みから逃げているような人間なのですから。

 

とにかくこのHSSの方がなんだか嫌に思うのは、

「自分がはみ出し者のように思うこと」

「小さなことで傷ついたりイライラする自分が嫌になること」

だと思います

あくまで私の場合ですが

 

HSPは音や光に敏感という特徴があるようで、

私にはこの特徴が顕著に表れています

 

私は、咳やくしゃみ、大きな声などに異常な嫌悪感を抱きます

コロナ渦だから、とかではなく、本当に常に、

相手が家族だろうが、嫌悪感を抱いてしまいます

囁くような独り言も苦手です

その場から逃げたくなります

なんでそんなことで?と思われますよね

これがHSPです

そして私にとっては、厄介なことです

なぜなら、相手に悪気なんて1つもないからです

そんなことにイライラする自分にまた、イライラします

まるで自分が、とんでもなく短気な人間だと思わせられてしまいます

 

寝るときは必ず真っ暗でないと眠れないです

ドアの隙間から入り込むような微かな光でも、逆にそれが

気になってしょうがなくなり眠れなくなります

リビングと寝室は壁を隔ててはいますが、

テレビの音が聞こえてくるのも、眠れない原因になります

どうして人が寝ようとしているのに音量を下げてくれないのだろう

とも思います

そしてまたイライラして、またネガティブな思考がぐるぐるし始めます

 

これはただの私のわがままに過ぎない(かもしれない)のですが、

「自分が人に気を使ってしないようにしていること」を平気でする人、

逆に、「自分が人に気を使ってしていること」をしない人に

嫌悪を感じます

HSPは人の気持ちに敏感、というのは私も心当たりがあって

自惚れというか自慢(?)のように聞こえてしまうかもしれませんが、

人の気持ちがよくわかります

「この人は、私に〇〇って言って欲しいんだろうな」

「こう言ってるけど本当は違うんだろうな」

「私に〇〇をして欲しいんだろうな」

のように、相手の言動の裏や先を読んで常に本心を探ります

そして、大抵の場合その推測は当たります

だから、「何をすれば」「何を言えば」相手が喜んでくれるのかが

わかるので、よく相談相手になることが多いです

さらには、連絡がなくてもなぜか勘が働いて、

「〇〇ちゃん今メンタルきてるかも」

とかがわかったりもします

急に「大丈夫?」とメッセージを送ると、

「なんでわかったの?」となったケースは何回かあります

本当に些細な違和感や、

「感じ」までも無意識のうちにみているのだと思います

ただ、私の悩みは、相談相手がいないということです

①相談してもそもそも理解できる人がいない

②人は「聞く」ことに退屈を感じるから、私の相談を聞いてもらっても

相手を退屈させるだけだ

という思考が働き続け、私は悩みをひとりで解決することに

慣れてしまいました

もはや、「人に相談する」という選択肢が出てこないほどです

私は人に相談されたら理解する努力をして

相手の欲しい言葉をかけて行動に移すことができるのに、

なんでそれを私に対しては誰もやってくれないんだろう、

と。正直な気持ちはこんなところです。

完全に自己満足なわがままですね

見返りを求めるなんてナンセンスなのはわかっているものの、

助けて欲しい時には助けて欲しい、だから私も、

みんなが私にするように相談したい

でもそれを「理解されない」のは辛い

それどころかもし否定なんてされようものなら

もう立ち直れないことが目に見えているから怖い

という考えの堂々巡りです

一度、母と腹を割って話そうと思いたち行動に移したことが

あったのですが、全く取り合ってもらえなかったことがあります

泣きながら本心をぶつけたのですが、

そんなことが初めてだったからなのか

母も困惑した様子でした

それでも私の様子に興味のないそぶりをする母を見て、

初めて絶望のようなものを感じました

「あ、やっぱり私は理解されないんだ」

「異種なんだ」「変わってるんだ」

と思いました

その頃から、血は繋がっていえども家族も他人なんだ、と

理解するようになりました

あの時の母の態度はきっと、

私に強くあって欲しいが故のものだったのだと考えます

ハタチを超えた娘が号泣しながら激昂する様子に、

母も母ながらに不安になったのかもしれません

私としては、2人で座ってゆっくり話し合う感じに

持っていきたかったのですが、そうはなりませんでした

そしてまたそれも、私がただ母に期待していただけの話で、

母に何1つ落ち度はないことでした

2年ほど前の話です

 

 

私は、少し不親切にされただけでかなり傷つきます

これは結構自分的にメンタルにくるみたいで、

体調にも現れてしまいました

バイトだったのですが、一度で辞めました

 

自分がミスをして迷惑をかけてしまったりしてもかなり傷つきます

慣れないことをするのにも人一倍緊張しますし、

変なところで人の目を気にしてしまいます

そしてそれを、他人からも自分からも隠します

「自分に嘘はつけない」と言いますが、

持ち前の明るさやポジティブさは、この悲しい面の自分を

バレないように、自分自身にすらも悟られないように、

取り繕っているようなものだとも思います

(※ただ、笑いたいときは心から笑っていますし、

その明るい自分が嘘なわけではないんです。

軽い二重人格というか、二面性の話です。)

 

だから私は、よく笑う人や、明るいな〜と思う人を見ると

裏で頑張ってるんだろうな、と思います

きっと自分と同じだろうなと思うからです

 

もちろん、人間全員何かしらの悩みと戦っているのは

理解しています

ただHSPは、敏感で繊細で、人一倍くよくよする性格のようです

 

そしてHSS型は、HSP +刺激を求める性格のことを指すようです

私がまさにそうで、人一倍傷つきやすく不安も感じやすいのに、

自ら茨の道を突き進むようなタイプです

飛んで火に入る夏の虫です

「火」だということに気づいてはいますが飛び込む虫です

 

ただこれは私のMBTI、ENFPの性格も作用していると考えます

↓過去記事です

nesumerb.hatenablog.com

何かに挑戦して、環境を全て変えて新しいことを始めるのは

とてもワクワクするけど、不安もつきまとう

それでも自分の心に素直に生きていたい、刺激が欲しい

という、矛盾した状態がずっと続いている感じです

人生の安定は求めませんが、実は安定もしたい

そんな、シンプルに矛盾だらけの性格です

大変めんどくさい性格です

基本的に刺激を求めるので、

自然と「普通」とは逸れた道を歩む感じになっていきます

その過程で、不安になることも杞憂することも多く、

もういやだ、投げ出したい逃げ出したいとなりますが

やり遂げてみればその刺激にハマり、さらに挑戦していく...

そしてまた不安になり逃げ出したくなり...繰り返し

というのが今までの私の人生のテンプレです

おそらくこれからも変わらないと思います

自分を追い込みたくないのに追い込まないと気が済まない、

そんなタイプです

自分でも呆れます

 

落ち込むことも絶望することも闇堕ちすることもありますが、

それでも今のところは自分の力でなんとか這い上がってきました

これから先、自分じゃもうどうにもならない、というその時が

きたとき、しっかり正常に対応できるように、

「人に相談する」という訓練をしようと思っています

幸い、私の周りには、家族も友人もいます

ゆっくり自分を打ち明けていこうと思います

たとえ受け入れられなくても、それでいいんだと

自分が一番の理解者で、味方なんだ、と

今の私は思えるようになりました

これも、なんだかんだでいろんなことに挑戦してくれた

今までの自分がもたらした成果です

私は私に感謝しています

いつもなんだかんだ頑張ってくれるし、

新しいことに向かって挑戦してくれるし、

いつも笑って過ごしているし、

周りにいい人がたくさんいるし、

小さいことでイライラして

もしかして私って相当短気で性格悪い...?

と思ったりもするけれど

そんな私も私なんだ、と思えるようになりました

 

HSPの性格と付き合っていくには、「自分を認めること」だと

多くのサイトで見かけました

その通りだと思います

「人と少し違う自分」を認めていけば、

マイノリティな自分が誇らしく思えてきます

私は、自分がHSSなんだ、とわかったことで楽になりました

私と似たような人がいるんだ、ということがわかったことは

私にとって大きな心の支えになりますから

 

人間、生きていれば悩みは尽きませんし、

もう嫌だと思うことなんてこれから先まだまだあると思います

ですがそれもまた、人生の魅力なんだと思います

 

HSPだろうがなかろうがなんだろうが、

人それぞれ境遇は違いますし悩みも違います

ですがどんな人でも、この世界のどこかに必ず理解者がいる、

そして、必ず「自分自身」という最強の理解者がいることを

しんどい時には思い出しながら、人生ゆるくやっていきたいですね

私が好きな言葉は、

「ショートコント 人生」

です

素敵な言葉ですよね

 

もっともっと言いたいこと、

うまく言えなかったけど伝えたかったこと、

ある気がするのですが現在の私の書くスキルではこれが精一杯です

そんなコラムを読んでいただき、本当にありがとうございました

相変わらず文に脈絡がない気もしておりますが、

読んでくださった皆様の心に響くようなことがあれば幸いです

 

皆様の「今」が、「明日」が、

ほんの少しでも暖かく優しく輝くものになることを

心から願っています

私も、自分と向き合いながらゆっくりやっていきます

 

改めて、最後までお付き合いいただきありがとうございました

次回からはまた、作品から見る人生シリーズを

再開していくと思いますので、

またなんか言ってんな

と思いながら読みにきていただければ幸いです

 

最近、大変ありがたいことに、記事を読んでくださる方が

増えてきているので、ツイッターなるものを開設してみました

記事にするほどじゃないな...というようなものや、

素敵な写真等も気ままにあげていこうと思いますので、

興味のある方は覗いてやってください

 

いつもスターをくださる方々、読んでくださる方々、

励みになっていますし、私のこの行き場のない思いを

共有させていただけていることに本当に純粋に感謝しています

 

もっと面白い記事を書けるよう自分なりに精進して参りますので

今後ともよろしくお願いします

 

秋の気配に幸せを感じながら

 

それではまた次の記事で

 

nesumerb

 

 

 

 

 

漫画“ONE PIECE” ルフィと仲間たちからみる人生 ※完全独自解釈と語り

皆様 こんにちは もしくはこんばんは もしくはおはようございます

nesumerbです

突然ですが、最近はイカリ豆にハマっています

とても美味しいですね、あの豆

私はお酒は飲みませんので、おつまみというよりおやつ感覚で

ほぼ毎日食べてしまっています

ただ剥くのがだいぶ面倒なので、

今度むき出しタイプを見つけたら買ってみようと思います

 

もう1つ、ハマっていることがあります

タイトルからわかりますが、ONE PIECEです

ハマったというか、愛が再燃しました

今公開中のREDを観てからというものの、時間があれば

もっぱらワンピースの映画を観ています

人間ないものねだりの性ですので、ワンピースが20年以上、ここまで

人気があるのは人々がワンピースの世界に魅力を感じ憧れているからです

というわけで今回は、ワンピースについて語っていきます

ワンピースというより8割人生観を語ってますので、

ネタバレ等はないかと思います

 

私は、ルフィの人生がとても楽しそうに見えます

それは、自由気ままに、それでもって決して揺るぎない信念

(海賊王になる)のもとに生きているからです

それが叶わなかったら、という考えはもちろんせず、

ルフィは海賊王になる、というその過程すらを楽しんでいます

そしてその人柄に惚れてたくさんの人が寄ってきます

敵ですらルフィを手助けしたり、ルフィが死地に立った時には

「借りを返す」という名目で、敵ですらも加勢してくれる

そんなシーンが多いですよね

ルフィが苦しいときには、絶対的な信頼を置いている仲間の存在があります

ルフィが無条件に仲間を100%、屈托のない純粋さで信頼しているからこそ

仲間は命を懸けてルフィを守ります

逆の立場なら、ルフィなら命を懸けてでも自分を守ることが

わかっているからこその、この上ない信頼関係です

馬鹿正直で純粋だからこそ、疑う余地がないというのも

周りの人がルフィに信頼を置きやすい、

人に愛されるポイントではあります

クロコダイルに信頼は置けませんよね、そういうことです

 

根拠のない自信、恐れるものが何1つない無敵さ、それが故の無鉄砲さ

無鉄砲ではあってもそれをやりきってしまう肉体・精神の強さ

逆境を楽しむ力、ひっくり返す強さ

私はこれが真のリーダー像だと思います

ルフィは船長に向いてないと思う人も多いかもしれませんが

私は、ルフィは立派な船長の器を持っている人間だと考えます

ただそれは仲間ありき、での話です

ルフィを、それほど立派で優れた船長だと思わせるほどに

麦わらの一味の人間性とスキルが素晴らしいです

ルフィがもし、漫画冒頭のようにずっとひとりで冒険をしていたなら、

もうどこかの時点で確実に死んでいるだろうと思います

屈強な剣士に出会い、優れた航海士に出会い、狙撃手に出会い、

料理人に出会い船医に出会い...

そうやって無鉄砲なルフィを支えてあげられる力を持った

仲間たちがいるからこそ、ルフィは船長として輝けるんです

ただそうやって、いい人間が集まってくるのもまた、

ルフィが持つ人間としての素晴らしい素質です

 

麦わらの一味を企業にたとえてみると、

船長(社長)は無鉄砲

そしてそれを支える乗組員(企画や広報、人事、経理)

麦わらの一味の場合は一人一人が優れたスキルと向上心を持っている上、

キャラクターお互いの信頼もずば抜けている、素晴らしい企業です

そうなると、この会社で起こることは、イノベーションです

革命です

信じられないアイデアを実行しようと提案する社長に、

それを全うできるほどのスキルと、リスクやコストを考える

冷静さを掛け合わせ持つ各担当

このような組織こそが、これからの日本、

もしくは世界で生き残っていく企業だと思います

従来の通りにしていては、敷かれたレールの上をまた走るだけです

新しいレールを敷いて失敗したとしても、

それはその「新しいレールを敷いた」ということ自体に意味があります

後退どころか大きな前進です

麦わらの一味は冒険を通して、常識とは外れたことを、

つまり革命を常に起こしている

 

自分の想いを絶対に曲げることがなく

間違っていると思ったことには間違っていると、

嫌いな人間には「お前嫌いだ」と、

仲間にしたい人には断られようが「仲間になれ」と、

自分に正直に素直に生きるルフィ

素直に生きるということは自分を偽らないということ、

自分を持っているということ

前回の「町田くんの世界」の記事で、

人間性について言及しました

nesumerb.hatenablog.com

やっぱり、自分を持っている人はかっこよくて、輝いています

そして、人に好かれます

自由に、信念を曲げずに自分のやりたいことに突き進む

先のことは考えない

その時にどうにかなる

どんなに危険でも無謀でも、自分が行きたいと思う方、正しいと思う方に進む

ルフィはいつもこんな感じですよね

「大丈夫、どうにかなるって」と、ニカッと笑って言うのが印象的です

ルフィがそう言うと、「まあいっか」となる仲間の気持ちもよくわかります

 

今の時代を生きる私たちは、冒険心が足りないような気がします

私の友人には、イヤイヤ言いながら働いている友人が本当にたくさんいます

むしろ、全員働きたくないと言いながら働いています

でも働かないと生きていけないし、

私は働いている友人たちを心から尊敬しています

働く、ということは生きていく上で必要なことであるため、

尊敬とまでいうと大袈裟に聞こえるかもしれませんが、

本当に尊敬しています

ただ、もしやりたいことがあるなら

なぜそれをやらないんだ、とは思います

すごく無責任な思考かもしれませんが、そう思います

生きていくことに、生活することに、お金が絡むから厄介ですよね

何をするにもお金が必要です

そしてその無責任を貫き通す環境が必要です

そして大抵、成し遂げたいことに限ってお金がたくさん必要です

無責任を突き通す環境づくりには、無鉄砲さが必要です

無鉄砲さは、ある意味「勇気」「自信」です

 

私自身の話になってしまい申し訳無いのですが

私は、自分に正直に生きています

その時にしたいことをしています

私は近いうちに留学に行こうと思っているので、

すぐに辞められるように(といっては失礼ですが...)

大学を卒業してからも就職はせずにアルバイト生活です

この前はすごく京都に行きたくなったので、

3日で手配を済ませて京都に行きました

お金はもちろんめちゃくちゃ飛びました

当たり前ですが新幹線、早特なんて使える期間内でもなかったので。

 

ですが、お金以上のものが還ってきました

経験と思い出です

弾丸京都旅から2ヶ月が経過しましたが、今すぐ京都に行きたいほど

私はその旅行で京都が大好きになりました

 

何が言いたいかというと、

みんなそれぞれ成し遂げたいことや目標はあると思うんです

それを成し遂げるためには、お金が必要だから人はまずは働きますよね

資金集めです、会社の資本金と同じです、

プロジェクトを始めるための資金集めは必須ですからね

ただ私が思うことは、

みんなお金(資金)に対するベクトルが大きすぎる

ということです

資金集め、つまり夢を叶えたい!成し遂げたい!

と思って始めたはずのものがいつしか、「資金を集める」

ということだけが目標になっている気がします

例でいうと、私の周りには海外に行きたい、

留学したいと言う友人が多いです

英語科卒ということもあって、海外に関心の高い友人が多いので

自然とそうなるのですが、友人たちはみんな就職をしました

私は今年度中に日本を発とうと考えているのですが、

友人たちに話を聞くと彼らは、お金の関係で

留学は来年再来年になるかもと口を揃えて言います

人それぞれの人生なので口出しするつもりはないのですが、

私は昨年1年間で貯まったお金で1年間留学しようと思っています

その友人たちは私より1年多く働いているので、

もし留学に行きたいと考え貯金しているのなら

それなりの額はあるはずですし、ましてや私は正職員ではなく

アルバイトで稼いだものです

私と友人、どちらの方が稼いでいるかなんて、たかが知れています

私はあと半年ほどで発ちます

私はとにかく早く、多くの経験をしたいからです

友人たちの、留学(目標)を先延ばしすることへの心理を考えた時に、

「お金がなくなったら」という不安要素があるとも考えられますし

「留学から帰ってきてもしまた就活ってなると嫌だ、

就職先が見つからなさそうで怖い」ということがあります

この意見は友人から直接聞きました

私も、お金がなくなったらとか考えなくはないですけど、

そんなに考えたことはありません

私は、その時のことはその時の自分に任せます

未来の心配をしたところで、

誰にもその心配が本当に訪れるかはわかりません

今まで某有名占い師の本やらサイトやらで運勢を占ってきましたが、

当たったことはありませんし、

結局のところ、運も何もかも、自分次第です

前々から心配事を想定してその対処法を考えるのはいいことですが、

ただその起きるかもわからない心配事が原因で

やりたいことを躊躇してしまうのなら、私はそれは違うと思います

 

※私の考えが正解、だとかいうつもりは全くありません。

人それぞれ境遇や環境は違いますし、

その過程による考え方というのは十人十色です

私は私の考えを尊重しますし、

友人や皆様の考えも同じように尊重しています

 

ワンピースの映画に、2003年公開の

「デッドエンドの冒険」というものがあります

その中で、あまりに無謀な戦いをするルフィに対して子どもが

「死ぬのは怖くないのか」と問うシーンがあります

そのルフィの答えがとても印象に残っています

(以下意訳です)

「死ぬ」のは怖い

小さい時にシャンクスが片腕失くしてまで自分を救ってくれた

だから命を粗末にはしない

だけど自分には野望が、どうしてもやりたいことがある

それを成し遂げるのは難しいことみたいだけど、

自分でやるって決めたから

そのために戦って死ぬんなら別にいい

 

私は小さい時からワンピースのアニメを見て、漫画を読んできて

無意識のうちにルフィのようになっていったような気がします...

私も考えてみたら無鉄砲な方です

韓国語が一切わからないまま韓国に留学したこともありますし、

オーストラリアで迷子になった時は、「このまま帰れなかったら

そこらへんの家に突撃訪問して一晩泊めてもらおう」、

と本気で考えながら彷徨ったこともあります

(優しい方に出会い無事帰ることができました+かなり危険で

向こう見ずなことですので、いないとは思いますが

真似しようとは思いませんよう...)

ですが私は私の生き方が好きです、なぜなら

この生き方がとても楽しくて自分らしい、

と知ってしまっているからです

これから先このスタイルが変わることはないと思います

先ほどのルフィのセリフでの「死ぬ」のところに、

あなたにとっての恐怖を当てはめてみてください。

ある人にとっては「お金がなくなること」だろうし

ある人にとっては「絶望すること」だろうし

ある人にとっては「失敗すること」だろうし、

人によって様々です。

ただ、その恐怖が訪れるような挑戦だったとしても、

それを乗り越えた先にある夢や目標のためならそれでも構わない、

というふうに言い換えられます。これが私の望む人生です。

安定を求めるのはもっともっと歳をとってからだと思っています

歳をとったその時に一文無しなら、若い時の、

つまり「今」の自分を恨もうと思っていますし、

そう思っていても恨みきれないと思います。

したいことをして素直に生きていた若かった私を、

歳をとった私は恨みません。

とかいってめちゃくちゃ恨まれることになっていたとしても、

それもまた一興です^^

1つ言えるのは、「行動しなければ何も掴めない」ということで、

もしも今の現状に満足できていないのなら何か行動するべきだと考えます

宇宙飛行士は宇宙探索を終え地球に帰ってくると全く別のことをし始める、

とテレビで見たことがあります。

私のかすかな記憶だと、その宇宙飛行士は地球に帰還してから

本格的に絵を描き始めたと言っていたような気がします。

何が言いたいかというと、何かを変えたいなら、

環境を変えるといいと思います。

そうすることで、宇宙飛行士のように考え方が根本的に

変わってくる可能性が高いですから。

 

ルフィをはじめとするONE PIECEに登場する海賊たちが、

キラキラして楽しそうだ、と思うのは彼らが素直に生きているからです

成し遂げたいことがあって、それについていきたい仲間を見つけて

仲間とともにただ突き進む

リスクはたくさんありますが、それでも後悔は一切ない生き方です

現実では、ルフィのように素直な気持ちをぶつけたり、

天竜人レベルに値する社長や上司を理不尽だから、腹が立つから、

といって殴り飛ばすだなんてことはできませんね。

できればやってるよ、という声が聞こえます。

ですが、できることがあります

「自分が素直に生きられる環境を作る」ということです

ルフィになってしまえばいいんです

言葉から無鉄砲さが滲み出ていますが

平たくいうと、起業をして自分が社長になってしまう、とか

組織ではなく個人で働く、とかです

ルフィが「海賊王になる」という企業理念を掲げて

「麦わらの一味」という会社を設立し、

訪問先で仲間を見つけていったように、です

言葉で言うのは簡単ですがいざやろうとすると難しいですよね

完全にそんな環境を作れなくても、家だったりコミュニティで

自分が羽を広げてできる何かを作ることも同じことだと思います

 

人生は一度きりですよね

まあ私は生まれ変わりを信じているのですが、

とにかく今生かされている「生」は一度きりです

そう考えたら私は、もうなんでもいっか〜という気になります

どう転がっても、自分の責任

なら自分がやりたいことをして責任は自分一人で負おう

必要最低限の資金が集まったら、旅に出てしまおう

ワクワクすることをしよう

失敗しても自分の責任、そしてその失敗は自分が行動した証

かっこよすぎる失敗だと思います

人生に決められた道はありませんので

人様に迷惑をかけるような道でも(警察の迷惑になるのは言語道断ですが)

たまには思い切って行動してみたら

思った以上にいいものが待っているかもしれないです

迷惑をかけたなら、いつかなんらかの形で返しましょう

ルフィがマキノさんにいう、「宝払い」です

 

今回少し触れた

"ONE PIECE THE  MOVIE デッドエンドの冒険"は、

本当にストレートに人生についてのメッセージ性が強い

とてもとてもいい映画です

またこれは、この作品について思うことが多いので

別記事で本格的に語りたいと思っています

ワンピースはすごく考えさせられるエピソードの多い

素敵な漫画です

私は特に「魚人島編」が大好きです

「魚人と人間の過去のしがらみと今」を通して、

現実の人種差別や戦争にどう対処していくべきか、

という尾田先生のメッセージを

(あくまで私の解釈ですが)感じます

これもかなり皆さんに共有したいものなので、

私のワンピース語りシリーズはこれから何個か出てくると思いますが

お付き合いいただけますと幸いです

後々、今公開中のREDについての記事も出します

 

今回も、最後まで読んでいただき本当にありがとうございました

少し上から目線の図々しい記事になってしまったかと思いますが、

ただの未熟な若者の意見だと思って流してください

 

前回の記事でも書きましたが、漫画から学べることは本当に多いです

私がロールモデルとしている人は何人かいるのですが、

漫画の主人公が多いです...呆れますね

でもそれほど、熱く嘘のない生き方がかっこいいと思うんです

私もワンピースの世界に行ってみたいです

 

秋が近づいてきたといえど、まだまだ残暑の厳しい時期です

引き続き熱中症対策等取り組んで、気持ちのいい秋を迎えましょう

 

それではまた次の記事で

 

nesumerb

 

 

 

 

 

 

 

漫画“町田くんの世界”からみる良い人間性と幸福論 ※配慮なしネタバレ

皆様 お久しぶりです もしくは初めまして

こんにちは もしくはこんばんは もしくはおはようございます

nesumerbです

最後に記事を更新してから1ヶ月以上が経過してしまいました

私の三日坊主はそろそろ

「筋金入り」と称してもいい頃だと思う

そんな今日この頃です

ただ今回、こんなにも記事の更新に時間がかかってしまったのには、

「筋金入りの三日坊主」以外の理由がありまして。

私ごとではありますが(大袈裟)

新たな挑戦を始めたといいますか(大袈裟)

バイトを始めました

そんだけかよ、と思われるかと思いますが

私にとっては貴重な社会経験の一歩、

人生の大事な一歩です

塾講師のアルバイトを始めました

日本の未来を担う子どもたちと真摯に向き合いながら、

私も社会に貢献していこうと思います

私ごとをだらだらとすみません

 

8月も終盤ですね

私はこの間、夕暮れ時、

バイトの帰り道に吹いた風に

秋を感じました

秋の匂いがしたんです

急いで家族ラインに「秋の匂いがする」と送ったのですが

誰も返事してくれませんでした

愛ですね

 

秋はどうしてこうも、切なくやるせなく、それでもって

落ち着いた温かい気分になるんでしょうか

私が秋を好きな理由です

そんな秋口の夕暮れ時にしっとり聴きたいオススメの曲があります

Adoさんの「世界のつづき」と「風のゆくえ」です

今大ヒット上映中のONE PIECE FILM REDの挿入歌です

本当に本当に、毎日欠かさず聴いているほど大好きな曲です

ぜひしっとりとしたいときに聴いてみてください

私のように感受性が人一倍強い方なら

聴いただけで泣けてしまうような曲です

この「RED」も大変感じることの多い素晴らしい映画です

実は明日映画館に、3度目を観にいきます

もうここまできたら5回は観にいってやろうかと思っている所存です

そのくらい素晴らしい作品なので、劇場上映が終わった頃に

レッドに関しての記事は書こうと思っています

 

話が逸れましたが、

皆様の好きな季節はなんでしょうか

そしてそれはどうしてでしょうか

 

さて

いつもの如く前置きが長くなりましたが

今回は漫画「町田くんの世界」から考えたことを

だらだら述べていきたいと思います

 

町田くんの世界 | 作品紹介 | 別冊マーガレット 公式サイト

(↑公式サイトです)

 

私はたまたま某漫画アプリでこの漫画と出会いました

アプリで読んだのは1巻だけでしたが、その1巻で

この漫画の強烈な魅力に惹かれすぐに全7巻買い揃えました

さすがの人気で、2019年には実写映画化もされたみたいです

私は実写は未視聴ですが、漫画より映画の方が手軽だと思うので

興味のある方は実写から入ってもいいかと思います

 

この漫画を読むと、人と人は支え合って生きていくんだ、

というどこかの3年B組の先生のような考えだったり

人って愛おしいな、世界って美しくて愛おしいな、だったり

他人にも自分にも優しくなりたいな、だったり、

素敵な感情ばかり湧いてきます

 

※ここからは、漫画「町田くんの世界」の感想とネタバレが

無遠慮に繰り広げられているので

少しでも内容が気になって漫画を読みたいな〜と思っている方は

ぜひ漫画を読んでから(実写を観てから)またこちらにきていただいて、

それは違うだろ!と野次を飛ばしに来ていただくなり

共感していただくなりしてくださると嬉しいです

 

さて、早速ですが、

町田くんの周りには、とにかく人が集まってきますよね

それは町田くんが素敵だからです

そして、周りの人が町田くんに感化されて

どんどん自分を愛していけるようになって

人と心から会話できるようになって

そうやって彼の周りにはとても温かくて優しい世界が

どんどんどんどん広がっていくんです

温かくて優しい世界が連鎖していくんです

一方で、闇の中に閉じこもってしまったような人たちは、

その町田くんの作り出す世界に自ら飛び込もうなんてしませんよね

飛び込みたくても、できないですよね

この作品のいいところは、そこに町田くんが気づいて、

手を差し伸べてくれるところです

綺麗事かもしれないけど、決して偽善ではない

それが伝わってくる、

それがこの漫画の主人公町田くんです

 

結局のところ、「好かれる人間性」なんていうものに

正解があるわけがないのですが(人の「好き」はそれぞれだからです)、

少なからず私が思うことは

「自分を持っている人はかっこいい」ということです

自分を持っているということは、自分を認めていること。

自分を認めているということは、自分を愛していること。

自分を愛しているということは、人を愛することができるということ。

私の持論です

つまるところ、自己肯定感の話にも繋がってくるわけです。

そして自己肯定感の話は、愛の話にも繋がっていくわけです。

 

自己肯定感、それはつまり先ほども言及したように

自分を認めている、愛しているということです

ただこれはナルシストとは違いますよね

 

自己肯定感 ナルシスト

もちろん私の持論になりますが、この2つの違いは明白です

この2つの違いを、「対自分」と「対他人」で

比べてみるとこうなります

 

1 対自分

◎自己肯定感

ありのままの自分が好き

 

◎ナルシスト

承認欲求で満たされた自分が好き

 

2 対他人

◎自己肯定感

他人とは認めるもの

 

◎ナルシスト

他人とは見下すもの

 

町田くんにしかり、町田くんの周りの人々は言わずもがな

自己肯定感の高いキャラクターたちです。

というより、町田くんにより自己肯定感が身についた

キャラクターばかりといった方が正しいです。

途中で登場する氷室くんは、はじめこそナルシストでしたが

町田くん直々の説教をくらい、自分を改めました。

顔がいいから、と小さい頃からチヤホヤされ続けた結果、

人の気持ちを考えないモンスターになった挙句

友人に自分を蔑ろにされていることにすら気づかない始末

そんな氷室くんに町田くんは、「自分を大切にしろ」

「人の気持ちを考えないから自分の気持ちもわからないんだ」と

教室で大説教します

私はこのシーンが大好きです

 

私は数年前、ナルシストに出会ったことがあります

まさに氷室くんのような感じの方でした

私の前に現れたナルシストキャラは今のところ

その方ぐらいなのでよく覚えています

いわゆるカースト上位の人としか話さない、

私は話しかけても目を見てもらえませんでした

当時の私には、すごくお節介な言い方ですが、

町田くんのように

そのような方を自分を愛せるように

導いてあげることはできませんでした

(もっとも、その方が自分を愛していたか否かは

もっと知り合わなければわからない話ではありますが...)

むしろ、もう関わらないようにしようと思いました

もちろんあちらも私と関わりたいとは思っていなかったことは

わかっていますが、今思えば、もっとうまく付き合えたのかな、

友達になれていたのかな、

とも思わなくはないです

 

俗にいうナルシストというものは、

他人から認めてもらいたいという承認欲求の強さの現れだと思います

それはつまり、置かれている環境や過去の時点で

ありのままを愛せない/愛してもらえない状況になってしまっている、

ということに繋がっていると考えます

 

これらを踏まえて、

自己肯定感を育てるためには愛が必要なのだと思います

無条件に愛する、愛される

これが必要なのではないでしょうか

そしてこれができる場所は、家族でもあり

友人でもあり 恋人でもあり ペットでもあり 植物でもあり

自然でもあり 音楽でもあり 芸術であり

必ずしも愛の対象はヒトでなくてもいいというのが持論です

愛は与えられるのも幸せですが、与える方が心が満たされる感覚がします

私は愛を与えることで幸せを感じます

そうなると、自己満とか偽善に聞こえますね

なんだかんだ私は、愛に飢えているのかもしれません

ここは少し、ゆっくり考えを深めていきたいと思っているところです

「愛」というテーマは、とてつもなく広く深いものだと思います

自分中心の愛は存在すると思うし、他人中心の愛もあるはずで

「愛」は自分が幸せと感じるものなのか、

相手が幸せと感じるのが正解なのか

はたまた双方が幸せと感じるものなのか

感情に正解はないとは思いますが、愛に自己満や偽善が絡んでくると

さらに複雑なものに聞こえてきます

自分が愛を与えることで幸せな気持ちになる、ということは

無条件に愛を与えるのは自分が幸せになりたいがため、という

偽善になるのでしょうか

それともそれは美しいものなのでしょうか

愛とは、見返りを求めず相手に尽くすこと(愛すること)だと考えています

愛することで自分が幸せになるのなら、

その「幸せ」は見返りになるのでしょうか

もしそうなら、その「幸せ」という見返りを得るために

無条件に何かを愛してもいいのでしょうか

「お金」や「地位」ではなく、「幸せ」という見返りのためなら

愛するという力を利用して幸せになってもいいのでしょうか

それが一方的な愛ならまた話は変わってくるのでしょうか

そもそも私の「愛」の定義がまだまだ浅はかなものなのでしょうか

大変複雑で難しいものになってきたような気がします

もはや、そのような矛盾は取っ払って

「愛」には「幸せ」という唯一の見返りがあるということでも

いいのでしょうか

そういうことなのでしょうか

23歳現時点ではこの到達点が一番しっくりきます

(↓愛について言及している過去記事です、

ぜひこちらも一読していただけると嬉しいです)

nesumerb.hatenablog.com

nesumerb.hatenablog.com

(何度も言いますが、あくまで私個人の意見です

私はたかだか23年しか人生歴がありませんので、

愛がなんだとか説くには早いかもしれませんが、

23年間を通して見たもの感じたこと経験したことを

踏まえた上での現時点の意見です^^)

 

承認欲求を満たすために偽りの自分を演じながら

周りからの評価を買い続けていたものの、勉強に失敗し

もう自分には生きている価値がない、

と告白した友人に町田くんがいうセリフの中に

「弟が生まれたんだ

それで生まれたばかりの弟を見たとき 思ったんだけど

そうか 人は 生まれてくるだけでいいんだなって

生まれてくるだけで もう充分なんだって

価値のない人なんていないよ」(5巻抜粋)

というものがあるのですが、これには多くの人が何かを感じるだろうし

このような言葉に救われる人が多い世の中ではないかと思います

生まれた瞬間に、私たちの人生は始まります

同時に、この世界では競争が始まります

様々なことで順位をつけられ判定を下されます

走る速さや頭の賢さ、学校に合格できるか、会社に入社できるか

ある程度、人に「価値」をつけざるを得ない、そんな世界を

私たちは生まれた瞬間から生き抜いていきます

そんな世界だから、幸福の反対語、不幸という言葉が

存在するのかもしれないと私は思います

「平等なんてない、人によって価値は違う」と私たちは

小さい頃から、様々な形で無意識にそんな風にインプットされていきます

順位をつけられる世界なのですから

 

それこそが、承認欲求の強い人が存在する理由で、

人の持つ価値は等しいはずなのに、そんなわけないと

思い込み辛い思いをする人がいるのだと思います

今の世の中は、人気度や注目度が数字化されます

どういうことかと言いますと、SNSの発達により、

いいねの数や再生回数等、様々な形で周りの人々の自分に対する

注目度や人気度が数字化されて簡単に把握できるということです

つまり、人気が可視化されている時代を生きているために

このデジタル世代の若者が、幸せ=承認欲求が満たされた状態

だと思い込む人が多い傾向にあると考えます

だからこそ、ありのままではダメなのだと、承認欲求を満たすために

周りの期待に応えるために、周りからの注目を集めるために、と

自分を失くしていき、価値がないと思い込んだり不幸になるのだと思います

 

結局、幸せというのは「ありのままの自分で生きること」だと、

私はそう考えています

他人からの評価を得た自分ではなく、ありのままの自分で、

人と出会ったりいろんな経験を得ていく中で、幸せだ、と感じたなら

それは心からの幸せだと思うし、生きがいと言えるようなものだと思います

たとえ足が遅くても、頭がいいとは言えなくても、友達がいなくても、

行きたかった学校や企業に落ちたとしても、人間は生まれた時から

充分に価値のある生き物で、ありのままの自分でいられるのなら

とても幸せで満たされた気持ちになるだろうなと思っています

もちろん全員が全員そうではないこともわかっています

人それぞれ幸せだと感じることは当たり前に違いますから

 

偽善かもしれないしそんな世の中になることは

この先あり得ないけど、

この世の中の全員が、

愛の下に生き、自己肯定感の高く、

人の気持ちを考え認め合い、ありのままの自分でいられる

そんなユートピアを思い描いています

 

それがあり得ない世界でも、

町田くんのように温かい人が今よりもっとたくさん増えて

少しでも多くの人が心地良く生きていける世の中になるように、

という願いを込めての記事でした

かくいう私も、まだまだ町田くんからは程遠い性格なので

精進して参ります

 

さて、今回も大変長い記事を読んでいただき

本当にありがとうございます

この記事が、ひとりでも誰かの心に

あなたの心に響くものがあったなら幸いです

 

義務教育の道徳では学べないようなことが

漫画の世界にはたくさんあります

活字が苦手な方は、ひたすら漫画を漁ることをお勧めします

漫画には、人間が本当に学ぶべきことがたくさん詰められています

学校の図書館に漫画を置くことがダメとされていること、

私は全く納得がいきません

早くこの古い風潮を打ち破ってくれる時代が来ることを望みます

 

最後になりますが、改めて

記事を読んでくださりありがとうございました

これからは筋金入りの三日坊主を挽回していけるよう

楽しく執筆して参ります

 

秋が近づいてきました

朝昼晩の寒暖差が酷くなりますので

体調管理にはどうぞお気をつけて

引き続き水分補給はしっかりしましょう

それではまた次の記事で

 

nesumerb

 

 

 

小説“君の膵臓をたべたい”からみる人生 Part1 ※配慮なしネタバレ&完全独自解釈と語り

皆様

暑い夏真っ只中ですが、いかがお過ごしでしょうか

私は、花好きの母によってお部屋に飾られているひまわりを眺めながら

クーラーの効いたお部屋で夏気分を味わうという素敵な日々を過ごしています

お部屋にはお花を飾りなさい、と大学時代に慕っていた先生から

教えられたことがあります

心の余裕だったり、調べたところ、風水的にもいいらしいです

私はなんだか優しい気持ちになります

皆さんもぜひ、お花を飾ってみてください

邪気を吸い取ってくれるそうですよ

なんだかそれだけで少しいい気分になりますよね

 

さて最近このブログでは、映画を通して私の持論を語り尽くす記事が

思いがけずシリーズ化してきています

(↓前回の記事です。残りは映画カテゴリーから閲覧可能です。)

nesumerb.hatenablog.com

 

読んでくださっている読者の皆さま、

スターで反応してくださる皆さまのおかげで、

私は心から楽しみながら執筆しています

本当に有難うございます

 

今日は、たまにはということで。

映画ではなく小説から、私が思うこと感じたこと考えたことを

述べていこうかと思います

 

今回は、“君の膵臓をたべたい” について言及していきます

www.futabasha.co.jp

この小説は何年か前に実写映画化、アニメ化にもなり話題でした

私はこの小説の出版当時高校生で、なんだかおぞましいタイトルにしては

ひどく温かみを感じる表紙に強烈に惹かれたことを覚えています

そして当時はまだ文庫化されていなかったので、あの分厚く重い単行本を持って

学校と家と行き来しながら読んでいたことを思い出します

 

この作品はあまりに有名なので、小説は読んだことがなくとも

実写やアニメでなんとなくストーリーを知っている方は多いと思います

ちなみに私は小説を読んで、実写を観ました。アニメは未視聴です。

なのでアニメ版についてはなんとも言えません。

ですが、はっきり言うと

実写はまったくもっておすすめできません。

正確にいうと、小説のファンにはおすすめできません。

 

小説でストーリーに最高に魅せられた私はもちろん実写も観ようと意気込み、

ワクワクしながら映画館へ観に行きました、が。

拍子抜けでした、涙も出ませんでした。

実写版は、小説“君の膵臓をたべたい”に沿って作られた

また違うストーリーという気がしました

全て小説通りに作られていてもそれはまた味気ないかもしれないですが、

私がこの小説で一番好きで一番感動して一番心を打たれた部分が

映画では一切実写化されていませんでした

そこが、私にとってとても残念な部分でした

小説を読んでから実写を観ると、

私のように思う方がいらっしゃるかもしれません

なので私のおすすめは、実写を観てから小説を読むことです

そうすれば、感動が何倍にもなる、かもしれません

(ただのわがままレビューになってしまったかもしれない)

 

ここから配慮なしネタバレ&語り 始まります

 

作品紹介が長くなってしまいましたが

この作品は私が小説の中で一番好きな作品です

ずっと忘れられない作品です

早くこれを超える小説が出てきてほしいと思うほどです

この物語は私に、「人生」や「生きること」を教えてくれました

 

まずこの小説で面白いのは、主人公の名前が明かされないところですよね

かなり斬新です

作中で名前のヒントが出てきますが、文学好きな方や教養の深い方は

すぐわかるのだと思います

私は当時、何もかも無知に近かったので、調べた覚えがあります

 

私はこの物語で本当に忘れられないサクラのセリフがあります

余命宣告を受けてもなお学校に出てきて

いわゆる「普通の学校生活」を送るサクラに対して、

主人公が

寿命が短いならもっとやりたいことを全部制覇するとかしたらいいのに

的な(うろ覚えですがニュアンスはこんな感じです)ことを言うのですが、

その時のサクラの受け答えに

「一日の価値は全部一緒なんだから、何をしたかの差なんかで

私の今日の価値は変わらない。」(原作から引用)

というものがあります

当時高校生だった私にとってこのセリフは何だかすごく

大事な言葉で、衝撃的で、忘れられない言葉となりました

確かに、この世のだれ一人として自分がいつこの世を

去るのかなんてわかりません

よっぽど、サクラのように余命宣告を受けたりしない限りは、ですが。

ですがその場合でも、デスノートのように「○月○日」と正確に

判断することはできませんよね

 

サクラは結局、持病ではなく通り魔に襲われてこの世を去ります

病気ではなく、たまたまそこを通った人間に、です

本当に考えさせられますよね

そのオチも私にとってかなり衝撃的で、驚愕したのを覚えています

 

映画“OLD”の記事でも似たようなことについて言及しましたが

人間、生きていると「時間は有限」であることを忘れがちです

nesumerb.hatenablog.com

ただ、だからといって毎日情熱的に、一秒も無駄にしないように、

と意気込んで生活するのはとても疲れますよね

この作品を通してのサクラの言動は私に、稚拙な考えかもしれませんが

「生きてるだけで丸儲け」のような言葉を連想させます

余命宣告を受けた彼女が放つ言葉だからこそ、

「時間は有限」ということを身にしみて理解している彼女だからこそ、

「一日の価値は全部一緒なんだから、何をしたかの差なんかで

私の今日の価値は変わらない。」

というセリフに重みと色々な想いを感じます

 

人生に大いなる目標だったりは必要なくて、ただなんとなく過ごしたその日だって

かなり価値のある一日なんだ、と気付かされます

主人公がサクラに、

「寿命が短いならもっとやりたいことを全部制覇するとかしたらいいのに

(=なぜ一日一日に大きな価値を見出そうとしないのか)」、と問うたように、

人間はなぜ、純粋にやりたいことに意味を見出そうとするのでしょうか

先日友人から、「先のことを考えて行動ができない」と相談を受けました

その友人は一般企業に勤めているものの、留学に行きたいと思い始めたのだが

留学先で何も得られずそのまま日本に帰国してまた就活...となるのが嫌、

そうなると留学に行く意味がないと思ってアクションを起こせずにいる

と言っていました

私は友人の気持ちがよくわかります、ですがもしも私がこの友人の立場なら、

それでも近いうちに会社を辞めて留学に行くと思います

私には、この友人のような状況になった時にいつもたどり着く考えがあります

それは、「後悔するならやって後悔」というものです

「後悔」というものは、ものすごく怖いものです

取り返しがつかないからです

「あの時ああしておけば、今が違ったかもしれない」と思うのって

ものすごく怖くないですか

私は怖いです

そういえばメンインブラックで、

「後悔とは宇宙最大の脅威だ」

的な(再 うろ覚え)というセリフがあります

(MIBも大好きな良い映画なのでまた記事にします)

そのくらい後悔というものは、どうしようもないことなんです

それなら、私はやりたいことをやって後悔したいです

やらなかったことに後悔するより、やったことに後悔した方が

スッキリしますし、人間的にも成長すると考えます

好きな人への告白、がいい一例かもしれません

大好きでたまらないのに告白せずにそのまま会えなくなった、として

「あの時気持ちを伝えておけば、今あの人が私の横にいたかもしれないのに」

となってしまうのはこの上なく残念で無念なことです

でも、もしフラれたとしても告白していたなら、

「あの時想いを伝えることができてよかった」と思えるかもしれないし、

そう思えなくても、気持ちを口にして伝えたその行動が全てなんです

より良いあなたに繋がる行動なんです、強い証拠です

 

そんな私は大好きだった男の子に告白も何もできませんでしたが。

(笑ってください)

 

 

話を戻すと私は、人生において何かとつけて

「意味」や「価値」を見出す必要はないと思います

ただ、絶対に「やらずに後悔」だけをしなければ、

人間なんてそれでいいんです、人生なんてそれで十分なんです

緻密に組んだスケジュールをきっちりこなした日も、

早朝3時4時に寝てお昼過ぎに起きてカップラーメンを食べて

二度寝三度寝して映画を観まくった日も、(実体験)

あなたが満足できたならどちらの日も価値は全く同じです、素晴らしい日です

 

極端な話、私たちは明日この世にいないかもしれません。

最近起きた事件の通りです。

さっきまで演説をしていた人が、数時間後にはこの世を去ったんです

 

サクラのセリフは、私にいつもこのようなことを思い起こさせます

意味や価値ではなくて、「今日」という一日には後悔がなかったか、ということ

これを意識していくと、自分がとても幸せだということに気がつきます

食べたいから食べたいものを食べた。後悔なし。

寝たかったから寝た。後悔なし。

自分を成長させたかったから会社に行った。後悔なし。

働きたくなかったから休んだ。後悔なし。

とこんな風に、ポジティブなことに気づきます、自分が偉いことに気づきます

少し罪悪感の残るようなことがあっても、自分が後悔していなければいいんです

極論にはなりますが、人間、警察のお世話にならなければ

少しくらい人に頼って迷惑をかけてもいいと思っています

その代わり、誰かの迷惑もいつかは買ってあげるよ、という心意気でいれば

みんなハッピーじゃないでしょうか、どうでしょうか

かりゆし58 というアーティストさんの「オワリはじまり」という曲が

あるのですが、ぜひ一日の終わりに聴いてみてください

まさに、「後悔していないか」訊いてくれるような歌で、

「毎日は当たり前じゃない」と教えてくれる素敵な歌です

夕日を見ながら聴きたい歌です、ぜひ

 

サクラのセリフ1つだけでここまで語ってしまいました

文章構成等も考えずただひたすら思うことを打っているだけなので

記事を編集しながら気づくといつも4000字とかになっていて

驚くのが最近の執筆ルーティーンです

 

この小説に関しては思うことがまだあるので、

nesumerb“きみすい”記事シリーズ化ということで

パート2 パート3という形で更新していこうと思います

 

本日も、長い記事を読んでくださりありがとうございました

 

前回の記事でもこの記事の冒頭でも伝えたことなのですが、

最近は以前と比べ多くの方が私の拙い記事を読んでくださっているようで、

本当に感無量です

読者になってくださった方や、スターをくださる方、

そして今読んでくださっている方、有難うございます

ご恩は、まずは記事の面白さで返していこうと考えておりますので、

図々しく語る記事ですがこれからも見守っていただけると嬉しい限りです

 

暑い日々が続いておりますが、

睡眠をとってお食事もしっかりとって

たまには自分なりの贅沢をして

何事もゆっくり楽しんでいきましょう

それではまた次の記事で

 

nesumerb

 

 

 

 

 

 

 

映画“ミッドサマー”からみる愛とは※配慮なしネタバレ&完全独自解釈と語り

皆様

暑い夏の到来にどう対処しておられますでしょうか

クーラーはイメージと違ってそんなに電気代が高くないそうです

ホコリを取って掃除して稼働させれば、本当に高くないそうですよ

電気代が...といって寝ている間に自動で切れるように

設定して寝ている方がいらっしゃるそうですが、

かなり危険らしいです

そこはケチらず、自分の命を守るために

現代技術に頼りましょう

 

さて

今日完全独自解釈していく映画は

暑い夏にぴったり(かどうかはなんとも言えませんが)

ミッドサマー です

www.phantom-film.com

↑公式サイト

 

ミッドサマーというタイトルですが、サマーの英語のスペルを見ると

summerではなくsommarとなっています

独自調べなのですが、スウェーデン語の「夏至」という意味のようです

(スウェーデンを舞台としたお話です)

 

この映画、R指定作品であったり、真っ白でカラフル(どっち)な

風景の気味の悪い感じから

予告の時点で “なんかヤバそう” と話題になっていました

私も公開と同時に映画館で観たかったのですが結局見れずじまいで、

やっとこさサブスクに入ってきたので観てみたのですが

映画館で観てなくてよかった〜というぐらいショッキングでした

私は一応グロ耐性もありスプラッター耐性もあるので

目を背けるとまではいきませんでしたが、

かなり気持ちの悪い描写がありますね

英語でいうとgrossって感じがしっくりきます

 

まあ、私の書く記事はネタバレではなく

映画を通して思ったことを書き殴るだけの記事なので、

どんな描写があります、などと全部は言いません

 

が、スプラッターやグロ、宗教系等 地雷要素満載の映画なので

1つでもダメだと思ったら観ないほうがいいかと思われます

あと、そういう映画を観たあとに余韻がひどいタイプの方や

作品にのめり込んでしまうタイプの方もあまりオススメしません

映画は娯楽、と割り切れる方は大丈夫だと思います

 

さてこの映画公開当時、観た人の感想で

「気持ち悪かった」「もう観れない」等の感想と、

「すっきりした!」「付き合いたてのカップルには特にオススメできない」

等のよくわからない感想があったんですね

大体あまり気分の良くなる映画ではないことはわかっていた上で

「すっきりした!」という感想をみた時に驚きましたし、

早く観たいと思ったことを覚えています

 

結論からいうと、好み分かれます(でしょうね)

恋人がサイテーだったり、

サイテーな恋人に未練があったり、

恋人に限らずとにかく恨む対象のある人は

この映画最高にすっきりして好きかもしれません (^◇^)

 

ただその対象が相当悪くないとあれを観て最高とは思えないと思うので...

「すっきりした!」とレビューされていた方は一刻も早く

いい縁に巡り会えることを祈っています...

ちなみに私は二度と観ないですね

 

以下 無遠慮ネタバレ&全て私の独自解釈兼語りです

 

要は、勧善懲悪のお話です

善きを勧め、悪を懲らしめるお話です

つまるところこのお話の核は、

小さい頃私たちが楽しんでみていたプリキュア

戦隊シリーズ仮面ライダーシリーズ、少年漫画と同じなんです

「ミッドサマー」という作品は、その小さい頃の娯楽の

かなり残虐バージョンといったところです

 

この映画しょっぱなから

儀式という名目で老人が崖から飛び降りるという

ヤバいシーンがあるのですが、

その飛び降りた老人役の方が昔一時期、世間を一世風靡した方らしく、

ベルサイユのばらのモデルとなった方なんだそうです

ビョルン・アンドレセンという方で、去年12月に

彼のドキュメンタリーが公開されました

gaga.ne.jp

映画を観た後に撮影の裏話やオフショットを漁るのが大好きなので、

例に漏れずミッドサマーを観た後もその作業をしていたところ

この事実を知りました。あの崖から飛び降りた老人の若かりし頃が

こんなに美しい少年だったとは、正直信じられませんでした

私がそのことを知った後にこのドキュメンタリーが公開されることが決まり、

なんだか運命のようなものを感じました

残念なことにこのドキュメンタリーを観ることはできなかったのですが、

予告ティーザー等で大体予測はつきました

美しさを見出されたビョルンは、若くしてスターになりますが

その後鬱になりアルコールに溺れていったそうです

 

若い頃に売れたスターは比較的、精神病を患ったり、

非行に走ったりするケースが多いです

これについても思うことや事例があるので、その話はまた別の記事で

 

はい、話がまた大きく逸れましたが、

ミッドサマーを観ると とにかく

悪いことはしたらいけない

という当たり前の意識を掘り起こされます

主人公カップルとその彼氏の友人が、スウェーデンのお祭りに参加することで

制裁されていくストーリーです

フラグが立ちっぱなしの映画なので多少「あ、なんかヤバいのくる」という

覚悟を持って観ることができます

が、あるシーンで「やられた〜」となるのでこれから観る方は

びっくりしないように気をつけてください(煽り)

 

最初こそ、衣装は可愛いし天気もいいし子供達も可愛いし自然も美しいし...

という感じでそのお祭りを楽しむ一行ですが、そのお祭りの儀式とやらが

進むにつれ、おかしいということに気がついていきます

主人公とその彼氏は、彼氏が主人公を蔑ろにし始め2人の仲は冷めかけており、

+その彼氏はそのお祭りを大学の論文として研究し提出することを決めます

村のお偉いさんに論文にするのはいいが深く詮索するなと言われ、

約束すると言いますがこれは映画です、もちろん深〜く詮索してしまいます

一緒に来た友人たちもそれぞれ問題を起こし、村人たちによって

始末されていきます

村人たちは、主人公を村の次の女王にすることを決め、主人公を

この上ないほど崇めだします

彼氏のことで泣いてしまった主人公と一緒に嗚咽したり、

とにかく村人総出で主人公を丁重に扱います

視聴者としては、狂ってるしなんか気持ち悪い...

と思うのですが、そのような対応を受ける彼女からは

まんざらでもない様子が伺えます

この映画ラストのシーンは描写がきついですが、

燃え上がる木製の家の中にいる動けない彼氏を、

女王となった主人公が村人たちと共に見殺しにする...というラストです

 

残虐非道なストーリーですが、大きく言えば「愛」のお話だと考えます

人間がいかに愛に生き 愛に狂えるか、そんな究極のストーリーだと私は思います

家庭環境にも恵まれず彼氏にも蔑ろにされ、愛されることに飢えていた主人公

ですが友人の誘いで参加したお祭りでなんだかんだ(雑)女王になり、

村人たちに愛されていき幸せを見出していくような様子が伺えます

村人たちは、無条件に一緒に泣き、一緒にご飯を食べ、

家族もいない、彼氏に愛されない主人公に寄り添い理解しようとしてくれます

村人たちから主人公への、見返りのない、無償の愛と言えます

そして最後には、主人公は愛していたはずの彼氏を簡単に見殺しにします

それほど簡単に、愛によって人間は変わってしまうのだと考えさせられます

前回の映画レビュー(下記参照)でも触れましたが、愛を知ってから孤独を感じると

人間は狂ってしまうことがあると思います

nesumerb.hatenablog.com

このようなケースは多くの作品で見られます

それほどに、多くの脚本家や監督たちにとって「愛と孤独」というトピックは

メッセージ性の高いものなのでしょう

愛が、愛し愛されるということが、どれだけ人間形成に影響を及ぼすのか

改めて考えるいい機会になった作品でした

何かの本で、小さい頃は親をはじめとした周りの人々から

「愛される」ということを学び、成長するにつれて「愛する」ということを

学ぶと読んだことがあります(うろ覚えですが内容はこんな感じです)

その過程がどこかで崩れたり、大人になってからも「愛される」「愛する」の

バランスがおかしくなっていったりすると、「愛」だったはずのものが

「依存」になってしまったりしておかしくなるのかもしれないと考えました

そもそも、人間がまず愛すべきなのは自分自身で、自分を愛して初めて、

周りを愛することができると考える私です

この映画の主人公にしかり、

狂ってしまう人(と一括りにしかできないのが申し訳ない)たちは、

自分を愛せない つまり自己肯定感が低い傾向にあると思います

ただそれも、その本人のせいではなく周りの環境や人のせいで

そうなってしまったわけです

そしてまたそうさせたその周りの人たちも、置かれた環境だったり周りの人々の

影響でそうなってしまっただけで、...という負のループです

そういう時に、正しく導いてくれるような人間、

自分自身を愛しなさい、と言ってくれるような人間に出会えると

またその人は良い方向に進めると思います

私はそういう、良い方向に人を導けるような人間になりたいです

 

自分で言っちゃうか〜とよく言われますが、

自己肯定感は高いです

当たり前です、私の人生の主人公は私なので私は私が大好きです

私は人も好きなので、人が好きで自分のことも好きな自分が大好きです

ですがそんな私も小さい頃から今のようではありませんでしたし、

嫌なことを言われたり傷ついてきた経験がたくさんあります

自暴自棄になっていたこともたくさんあります

ただそんな時に、私を正しい方向に導いてくれたものがたくさんあります

それは私にとって、時に歌であり、

時に本であり、時に漫画です

私は今までそういった、「作品」に救われてきました

「家族」に救われてきた、とでも言うかと思いましたか?

私は家族には弱みを見せることのできない弱い人間なので、

正直、家族に辛い時に救われた経験があるかと聞かれても

思いつきません、多分ありません(あったらごめん家族のみんな)

辛い、ということを私が伝えないので、ないのは当たり前のことですね

私は家族とは、「喜」「楽」を共有したい思いが強いからかもしれないです

なので、自己肯定感が下がりそうな辛い時には、

作品を通して作詞作曲家や著者、漫画家の皆さんに

救われてきたと言った方が正解です

そしてこれからもたくさん頼っていくつもりです

私は今のところ、映画を通して人生を語るみたいな記事が

シリーズ化してきてますが、

映画同様、皆さんに共有したい漫画や本や音楽がたくさんあります

またそちらの方面でも記事を書いていこうと思います

 

ミッドサマーの話から

愛の話になり

自己肯定感の話になり

漫画の話になりました

素晴らしく一貫性のない記事でしたが、

本日も最後まで読んでくださり

ありがとうございました

最近は読んでくださる方が目に見えて増え、

スター(?、はてなブログ初心者すぎてよくわかっていない)を

つけてくださる方もいらっしゃるようになりました

本当に有難うございます、本当に嬉しい限りです

私の記事が誰かの心を動かしているかもしれない、と思えて

感無量です

これからも、映画やらなんやらを通して人生論だったり精神論だったり

図々しく語っている記事ばかり書いていると思いますが、

この人今度は何言ってるんだろう、

ぐらいのお気持ちで読んでくださると幸いです

読んでくださっている皆様のほんのささやかな

楽しみにでもなるような記事を目指して

楽しみながら書いていこうと思います

これからもよろしくお願いします

 

暑い夏ですね

多くの意味で、ご自愛ください

ではまた次の記事で

 

nesumerb